サイトメガロウイルス感染症の診断と治療(1/3)
(※今号のミニレビューは、3週連続で配信します。)
サイトメガロウイルスって何?
サイトメガロウイルス(cytomegalovirus ; CMV)という名前は、感染症の専門家でなくとも、日常診療で意外によく見聞きするものではないでしょうか? この記事をお読みになっている方の多くは一般内科外来の経験をお持ちだろうと推測されますので、きっと伝染性単核球症(infectious mononucleosis ; IM)を疑う症状の患者を一度や二度は診たことがあるのではないかと思います。
すでに感染症を専門にしている方であれば(そもそもこの記事を読む必要があまりなさそうですが…)、臓器移植患者や造血幹細胞移植患者、あるいはステロイド大量投与中の患者などについて相談を受けた際に、CMVについて頭を悩ませたことがあるでしょう。また、この記事を読んでいる学生さんがいたとしたら、産婦人科や新生児領域で有名なTORCH症候群について勉強したことがあるのではないでしょうか?
このように、CMVは様々な形態の感染症を引き起こすウイルスです。なお、CMVと同じくヒトヘルペスウイルス(human herpes virus ; HHV)科に属し、IMの原因となることで有名なEBウイルス(Epstein-Barr virus ; EBV)は、近年になって様々な腫瘍性疾患の原因となることが分かってきました。しかし、今のところ、CMVの腫瘍原性は知られていません。
では、CMVについての各論を進めていきます。なお、ウイルス学的な解説や薬剤の詳細な投与法などについては成書を参照ください。
CMVの歴史
CMVが発見されたのは1950年代のことで、ヒトに生じる疾患との関連が初めて指摘されたのは1965年です。現在ではTORCH症候群と呼ばれる疾患群が、当時はその病理学的な特徴から先天性巨細胞性封入体病(cytomegalic inclusion body disease)と呼ばれており、この疾患に罹患した患者細胞からウイルスが分離されたためcytomegalovirusという名前になったわけです。
「1965年とは意外と最近だな」とお思いでしょうか? ちなみに他のHHVはどうかと言うと、先のEBVは発見が1964年で疾患の報告が1968年です[1]。古いところで単純ヘルペスウイルス1型(herpes simplex virus-1 ; HSV-1)は、「皮膚に広がる病変」という疾患概念はギリシャ時代から知られており、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の中でも口唇ヘルペスと思しき記述があるようです。もちろん、HSVそのものの発見は20世紀に入ってからのことですが。
さて、CMVに話を戻しますが、発見されてからしばらくの間は、CMVが取り沙汰されることはさほどありませんでした。その後、1980年代から90年代にかけてヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus ; HIV)感染症が広まったり、移植医療が次第に盛んになったりするなかで、このような免疫抑制患者における重症CMV感染症が問題となり、次第にその診断や治療に目が向けられるようになってきたのです。基本的に、これらの免疫不全患者でのCMV感染症は、既感染CMVの再活性化によるものが大半です。したがって、CMV-IgG陽性は再活性化のリスクの目安となります。
CMV感染症の疫学
CMV感染症は、あまねく世界中で認められています。studyが存在する大半の国では、生殖可能年齢の女性の半数以上でCMV抗体が陽性です[1]。わが国では、妊婦のスクリーニング採血で75%がCMV抗体陽性だったというデータがあり[2]、世界各国のなかでは「やや多い」という位置づけでしょうか。アフリカや南米の一部には「ほぼ100%」という国もあるようです。
年齢別のデータがある多くの国では、ばらつきがかなりあるものの、0~5歳時での抗体陽性率は10~60%であるのに対して、40歳以上では60~100%になっており、いずれの国でも年齢が上がるにつれて次第に感染率が上昇していきます[1]。
CMVの感染経路
CMVは、いったん感染すると、他の多くのHHVと同様、基本的には生涯にわたって体内に存在して潜伏感染の状態が続きます。このようなウイルス保有者の母乳、唾液、便、尿、精液、子宮頚管分泌物など、ほとんどの体液にウイルスが存在することが分かっており、保有者との接触で感染が成立します。ただし、日常的な接触では感染は起こりにくく、長時間な濃厚の接触が必要であるため、家庭内や保育園・幼稚園などで多くの感染が起こっていると考えられます。また、CMVは体内の様々な細胞に感染しますが、各種の白血球、特に単球系の細胞で慢性感染を生じるため、輸血での感染も生じることが知られています。
<References>
1.Cannon MJ, Schmid DS, Hyde TB: Review of cytomegalovirus seroprevalence and demographic characteristics associated with infection. Rev Med Virol. 2010 Jul; 20(4): 202-13.
2.Iwasaki S, et al: Audiological outcome of infants with congenital cytomegalovirus infection in a prospective study. Audiol Neurootol. 2007; 12(1): 31-6.
(続く)