多量の腹水貯留の原因精査を目的に来院した90歳女性(3/3)
診 断
結核性腹膜炎の診断に用いられる抗酸菌塗抹検査の感度は0~6%程度であり[1]、PCR検査の感度も低い。したがって、塗抹検査やPCR検査の陰性を確認したところで、結核性腹膜炎の可能性は除外しきれないことになる。
また、結核性腹膜炎の診断におけるツベルクリン反応検査の感度は約70%[2]、活動性結核の診断におけるクオンティフェロン検査の感度は64%[3]との報告もある。すなわち、活動性の結核があっても3割程度はクオンティフェロン陰性になるので、やはり陰性イコール結核除外とは言いきれない。
結核性腹膜炎の診断のゴールドスタンダードは、抗酸菌培養での結核菌の証明および腹膜生検による乾酪壊死を伴う肉芽腫の証明である。
ただし、腹水の抗酸菌培養検査の感度は20%以下と低いため、除外には有用ではない[2]。また、結果判明までに4~6週間を要するので、迅速な確定診断にも役立たない。
一方、腹膜生検はある程度の侵襲を伴うが、より迅速な確定診断に役立つ可能性がある。腹腔鏡での腹膜生検の感度は85~100%との報告があり[1]、組織学的な証明ができるので特異度も高い。典型的な肉眼所見は、1)腹膜に散在する白色の結節、2)リンパ節腫脹、3)大網の肥厚化であるが、これらの所見を得ることができて合併症も少ないので、現在では針生検よりも腹腔鏡での生検が主流となっている。
本症例では、2回目の腹水穿刺時に提出したADAの値が57 IU/Lと高値であった。
メタ解析の論文で、結核性腹膜炎の診断の際に腹水のADAのカットオフ値を39 IU/Lに定めれば、感度が100%、特異度が97%になるとの報告がある[4]。しかしながら、肝硬変を合併した結核性腹膜炎の患者ではADAの感度が下がるとの報告もあり[5]、その解釈には注意が必要である。
文献4で検証されている3つのスタディ[6、7、8]の腹水貯留症例のすべてにおいて腹膜生検が実施されているわけではないので、肝硬変が原因と分類された症例のなかに、結核性腹膜炎が原因のものが混在している可能性はありうる。
これらのことを加味すると、少なくとも、本症例のように肝硬変のない患者で結核性腹膜炎を診断する際には、ADAはとても有用だと考えることができるだろう。
本症例では、ADAが高値であったことから腹膜生検の施行を検討したが、その頃にはすでに患者の全身状態が悪化しており、施行は困難であった。そこで、結核性腹膜炎に対するempiricalな治療の是非を議論していた矢先、最初に提出した抗酸菌培養が陽性になったとの報告があった。追加で提出したTb-PCR検査も陽性となり、結核性腹膜炎の診断が下った。
【最終診断=結核性腹膜炎】
結核の診断は難しい。肺外結核であればなおさらである。診断は常に疑うところから始まるので、まずは疑うことが重要である。たとえ曝露歴や既往がなくとも、日本在住の高齢者には常に結核のリスクがあると考えなければならない。
また、個々の検査の限界を知ることも大切である。抗酸菌の塗抹検査、Tb-PCR検査、培養検査の感度は概して低いため、これらの検査結果が陰性だからといって、結核性腹膜炎を除外することはできない。あくまで診断のゴールドスタンダードは抗酸菌培養検査と腹膜生検での組織像の証明であるが、肝硬変のない患者においては、ADAの有用性は高いと考えられる。
<References>
1.Chow KM, Chow VC, Szeto CC: Indication for peritoneal biopsy in tuberculous peritonitis. Am J Surg. 2003 Jun; 185(6): 567-73.
2.Marshall JB: Tuberculosis of the gastrointestinal tract and peritoneum. AM J Gastroenterol. 1993 Jul; 88(7): 989-99.
3.Dewan PK, Grinsdale J, Kawamura LM: Low sensitivity of a whole-blood interferon-gamma release assay for detection of active tuberculosis. Clin Infect Dis. 2007 Jan 1; 44(1): 69-73.
4.Riquelme A, et al: Value of adenosine deaminase (ADA) in ascitic fluid for the diagnosis of tuberculous peritonitis: a meta-analysis. J Clin Gastroenterol. 2006 Sep; 40(8): 705-10.
5.Hillebrand DJ, et al: Ascitic fluid adenosine deaminase insensitivity in detecting tuberculous peritonitis in the United States. Hepatology. 1996 Dec; 24(6): 1408-12.
6.Martinez-Vazquez JM, et al: Adenosine deaminase activity in the diagnosis of tuberculous peritonitis. Gut. 1986 Sep; 27(9): 1049-53.
7.Bhargava DK, et al: Adenosine deaminase (ADA) in peritoneal tuberculosis: diagnostic value in ascitic fluid and serum. Tubercle. 1990 Jun; 71(2): 121-6.
8.Ribera E, et al: Diagnostic value of ascites gamma interferon levels in tuberculous peritonitis. Comparison with adenosine deaminase activity. Tubercle. 1991 Sep; 72(3): 193-7.
(了)