No. 152010. 01. 06
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国立感染症研究所 実地疫学専門家養成コース(FETP)の紹介(1/3)-FETPとは何だろう? -

国立感染症研究所 感染症情報センター 実地疫学専門家養成コース(FETP-J)

具 芳明

(3分割配信の1回目です)


 私は2009年4月から国立感染症研究所の実地疫学専門家養成コース(FieldEpidemiologyTrainingProgram: FETP)に参加して感染症疫学を学んでいる。FETPとは、実地疫学や感染症疫学についてon the jobで学ぶ2年間のコースであるが、多くの読者にとってはなじみの薄いプログラムであろう。今号ではFETPとはどのようなプログラムなのかを紹介し、その存在を知っていただきたいと考えている。

FETPの概要

 FETPは1999年9月に感染症危機管理を行う人材の育成を目的に設立され、国立感染症研究所(東京都新宿区)を主たる拠点として活動している。その理念として「感染症の流行・集団発生時に迅速、的確にその実態把握および原因究明にあたり、かつ平常時には質の高い感染症サーベイランス体制の維持・改善に貢献すること」が掲げられている。

 FETP設立の大きなきっかけの一つに、1996年に大阪府堺市を中心に発生した腸管出血性大腸菌O157:H7による食中毒の大規模集団発生事例であったという。さらに、食中毒を代表とする感染症危機管理事例の広域化もあり、従来の感染症危機対応では対応しきれない事例が増加してきたこともFETP設立の追い風となった。

 設立後は一貫して国立感染症研究所を拠点とし、on the jobのトレーニングを中心に活動している。ここ数年は国立保健医療科学院(埼玉県和光市)とのジョイントプログラムを採用しており、より厚みのある教育体制がとられている。ちょうど本年(執筆時の2009年)設立10周年を迎えたが、この3月までに37人が修了し、現在10期生4人と私を含めた11期生5人がトレーニングを受けているところである。

 このプログラムはもともと主に自治体からの派遣を受け入れるのかたちで公衆衛生分野のスタッフをトレーニングするという構想で作られたとのことであるが、実際に参加しているのは自治体で公衆衛生分野の経験を積んだ医師のほか、現場で診療にあたっていた臨床医、自衛隊に所属する医師などさまざまである。今のところ医師が中心ではあるが、薬剤師、看護師、獣医師などの職種にも門戸は開かれており、それらの職種の修了者もさまざまな場面で活躍している。

海外におけるFETPとそのネットワーク

 FETPは日本だけのシステムではない。世界各国でそれぞれの背景を受けFETPが設立、運営されている。最古かつ各国のお手本になっているのが米国で1951年に設立されたEpidemicIntelligenceService(EIS)である。EISでは毎年70~80人の修了生を輩出しており、修了生は各分野で活躍している。アジアではタイ(1980年)、台湾(1984年)、フィリピン(1987年)などで日本よりも早くFETPが設立されている。韓国(2000年)や中国(2001年)でも設立されており、各国のFETPのネットワークであるTEPHI NET (TrainingPrograms in Epidemiology and PublicHealthInterventions Network)を通じて交流を深めている。

 本年も11月にソウルで東南アジア、西太平洋地域のTEPHINET学術集会が行われ、私たちも参加して最新の知見を得るとともに各国からの参加者と交流を深めたところである。今回の主なテーマはなんといってもインフルエンザパンデミック、さらに各国の特徴を踏まえた疫学調査の報告であった。International nightと題された交流会も開催され、日本チームは全員で盆踊りを披露した。これはまさに芸は身を助くことを実感する会であった。


2009年11月ソウルで行われたTEPHINET学術集会

FETPの活動内容

 実際の活動は大きく以下の6本の柱からなっている。

  • 感染症集団発生事例(アウトブレイク)の調査
  • 感染症サーベイランスの解析・評価
  • 感染症情報の発信
  • 感染症疫学の研究
  • 感染疫学の知識獲得
  • 感染症疫学における教育経験

1.感染症集団発生事例(アウトブレイク)の調査

 FETPについて多少なりともご存じの方は、その活動としてまずアウトブレイク調査を思い浮かべるのではないだろうか。これはFETPとしてもっとも力を入れて取り組んでいるものの一つであり、特に自治体や部門の枠を超えた調査はFETPの真骨頂といえる。

 今年度は5月以降、新型インフルエンザに関する調査を各地(神戸、大阪、福岡、船橋、沖縄)で行った。臨床像の速やかな把握、感染経路の調査、行政機関へのアドバイスなどの多彩な調査活動を行い、まだ一部は継続して調査、解析中である。また、今年度は腸管出血性大腸菌O157:H7の広域発生事例の調査なども行っている。

2.感染症サーベイランスの解析・評価

 読者のみなさんは感染症発生動向調査の届出(感染症法に定められた1類から5類までの感染症の届出)を行ったことがあるだろうか。届出は各医療機関から保健所に行われるが、その内容は都道府県、さらに国レベルでまとめられる。FETPでは国立感染症研究所感染症情報センター第2室の先生方の指導のもと、そのデータを毎週まとめている。その結果は感染症発生動向調査週報(IDWR、 http://idsc.nih.go.jp/idwr/index.html)や病原微生物検出情報(IASR、 http://idsc.nih.go.jp/iasr/index-cj.html)に公表されている。

 感染症サーベイランスの仕事は地味なものではあるが、日本の感染症動向を知るための大変貴重な資料となっている。毎週の地道な作業を通じてサーベイランスの仕組みを学ぶとともに、各疾患についての知識を深めるトレーニングを行っているというわけである。

3.感染症情報の発信

 日々の情報収集の内容は公衆衛生分野の各所にメールで配信している。これは主にメディアからの収集した情報である。そのほかに、国立感染症研究所のウェブサイトや学術論文を通じて疫学的な情報の発信を行っている。厚生労働省や地方自治体への情報提供も適宜行うよう心がけている。

4.感染症疫学の研究

 アウトブレイク事例やサーベイランスに関連した事例の検討を深めて学会発表や論文作成につなげる機会はしばしばある。また、国立保健医療科学院とのジョイントプログラムとして2年間かけて一つの疫学研究を仕上げるという課題もある。これらの研究や上述の感染症集団発生事例の調査などを通じて疫学研究の手法を身につけていくことが目標となる。

5.感染疫学の知識獲得

 FETPとしての活動を行っていくにあたって、基本的な疫学の知識は必須となる。そのため1年目の最初の時期に4週間にわたる初期導入コースが用意されている。アドバイザーとしてFETPに長く関わっていただいているJohn Kobayashi先生(Washington Univ.)の講義を中心に、国立感染症研究所の先生方、外部講師の先生方からの講義と、感染症アウトブレイクのケーススタディを繰り返すことで疫学の知識や感染症の知識を身につけていく。このコースは外部からの参加も可能である。興味のある方はウェブサイト(http://idsc.nih.go.jp/fetpj/index.html)で確認のうえ、参加いただきたい。

6.感染症疫学における教育経験

 実地疫学調査はけっしてFETPだけが行っているものではない。たとえば食中毒事例であれば、各保健所や都道府県が調査を行うことのほうがはるかに多い。適切な調査を行ってアクションにつなげていくことは公衆衛生分野の重要な仕事である。FETPでは自治体や関係機関からの要請に基づいてしばしば研修会のお手伝いをしている。多くの場合、疫学調査の進め方についての講義を行い、それに基づいてケーススタディを行うことが多い。そのような経験を通じて教育手法を身につけていく機会をつくっている。

私がFETPに参加した理由

 ここで私がなぜFETPに参加することにしたのかを紹介したい。私は大学を卒業後、佐久総合病院(長野県佐久市)で初期研修を受け、その後も同病院の附属診療所に勤務したり、内科や総合診療科に勤務したりするなかで、感染症診療に携わる場面が多くなっていた。そして感染症診療をきちんと学ぶ必要性を感じ、静岡県立静岡がんセンター感染症科に移って大曲貴夫先生(2009年12月までIDATEN代表世話人)の下で感染症診療を学んだのであるが、その過程で疫学的な知識や実地疫学のノウハウの重要性について痛感することとなった。

 そのなかには日常診療での意志決定における疫学的知識、院内でしばしば遭遇するアウトブレイクへの対応、そして地域で流行する感染症への対応など、幅広い分野が含まれている。疫学、特に感染症疫学を実地で学ぶ場としては、国内ではFETPが唯一と言ってよい存在であり、その門を叩くこととしたわけである。臨床感染症に対する関心は高まっているものの、疫学分野については少なくとも臨床医にはまだあまり知られていないのが現状だろう。その橋渡しとなる仕事をできればと考えている。

 次回以降は、今回紹介した内容をもう少し具体的にお伝えしたい。

(つづく)

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