No. 92009. 04. 09
成人 > ケーススタディ

右下肺野に浸潤影が認められた70代女性(3/3)

静岡県立静岡がんセンター 感染症科

藤田 崇宏

(3分割配信の3回目です→1回目 2回目

※本症例は、いくつかの症例を総合して作成した架空の症例です。


 患者さんには入院していただき、補液を開始した。

 C. difficile トキシンは陰性であったが、頻度と、治療可能性を考慮してEmpiric にメトロニダゾール1回250 mg 1日4回の投与を開始した。また肺膿瘍の治療も継続の必要があったためセフトリアキソン1回1g を投与開始した。

 入院当日の夜から、患者さんの便の状態が粘血便に変化した。腸管出血性大腸菌など侵襲性の強い病原体による感染性腸炎の可能性も考えられたが、曝露に乏しく経過があわないため、それ以外の病態の評価を優先した。抗菌薬に関連した出血性腸炎であった可能性に加えて、下痢による脱水のために虚血性腸炎を合併した可能性、化学療法にともなう粘膜炎の可能性、またこれらの病態が複数合併した可能性が考えられたため、評価目的に大腸内視鏡を行うことにした。

 入院後3日目に行った大腸内視鏡(下記画像参照)では偽膜は認められず、横行結腸S状結腸に区域性の炎症を認めた。潰瘍形成も認めなかった。同日に入院時に提出した便培養ではKlebsiella oxytoca が検出された。


大腸内視鏡画像1


大腸内視鏡画像2


大腸内視鏡画像3

 その後下痢の回数は徐々に減少し、入院6日目にはほぼ通常通りの排便となった。

最終診断

Klebsiella oxytoca によるアモキシシリンクラブラン酸投与後の出血性大腸炎

解 説

 Klebsiella oxytoca が抗菌薬、特に合成ペニシリンであるアンピシリンやアモキシシリンが投与後に出血性腸炎の原因となるという報告は、日本やフランスから以前からあったが、欧米の成書にははっきりした記載がなかった。日本の消化器内科医にとっては日常臨床の経験からほぼ常識として定着していたようだが、感染症の専門家の中には本当に疾患として存在するのか疑問をもつ人もいた。しかし最近、Cytotoxin を産生するKlebsiela oxytoca が合成ペニシリン投与に関連した出血性大腸炎の原因としてKoch の原則を満たしたことを証明する報告がなされたことから、再度注目を集めていた[2]。

 一般には合成ペニシリン投与2~7日目に急激な発症を呈する。腸炎の所見は区域性で、横行結腸または上行結腸に存在するのが特徴的である[2]。今回の症例では、内視鏡所見はK. oxytoca による出血性腸炎に典型的であった。発症後4~6時間で便の性状は血便に変化するとする記載もみられるが[3]、今回の症例では3日間の水様便の後に血便に変化した点がやや非典型的であった。化学療法に伴う下痢などが合併した複数の病態であった可能性はあるだろう。また厳密には検出されたKlebsiella oxytoca の毒性を証明はしていないので、Empiricに投与したメトロニダゾールにより治癒したClostridium difficile による腸炎もあった可能性も否定はできない。

 今のところ、K. oxytoca は合成ペニシリン投与後の出血性腸炎に関与している以外は、抗菌薬投与後の出血を伴なわない下痢症とは関連がないと考えられている[4]。また、通常の便培養で検出された場合の病原性については今のところ議論が分かれてはいるが、通常は腸管内の常在菌であると考えられている。健常成人における保菌率は1.6%であったとする報告があるが、9%とする報告もあり、地域差があると考えられている[2]。施設によっては、便培養でK. oxytoca が出ても常在菌として扱い、同定、報告を行っていないところもあるそうなので、疑った場合は細菌検査室にあらかじめ連絡しておいたほうがよい。

 治療は、原因となった抗菌薬の中止と対症療法で自然に改善するので、K. oxytoca そのものに対する抗菌薬の投与が有効であったとする知見は得られていない。本症例では、アモキシシリンクラブラン酸の内服中にもかかわらず、検出されたK.oxytoca はアモキシシリンクラブラン酸に感受性であった。この現象は、経口投与されたアモキシシリンクラブラン酸の便中の濃度が低いために、K. oxytoca 以外の常在菌叢が発育を阻害されても、K. oxytoca の発育を阻害できないために起きるのではないかと考えられている[2]。

Take home message

  • 抗菌薬投与後の下痢といえばClostridium difficile 、だがそれだけではない。
  • 病歴、便の性状を手がかりに鑑別をあげて必要な検査を組み立てるのが診断への早道。

(おわり)

<References>

  1. Anand A, Glatt AE. Clostridium difficile infection associated with antineoplastic chemotherapy: a review. Clin Infect Dis. 1993;17(1):109-13.
  2. Hogenauer C, Langner C, Beubler E, et al. Klebsiella oxytoca as a causative organism of antibiotic-associated hemorrhagic colitis. N Engl J Med. 2006;355(23):2418-26.
  3. Philbrick AM, Ernst ME. Amoxicillin-associated hemorrhagic colitis in the presence of Klebsiella oxytoca. Pharmacotherapy. 2007;27(11):1603-7.
  4. Zollner-Schwetz I, Hogenauer C, Joainig M, et al. Role of Klebsiella oxytoca in antibiotic-associated diarrhea. Clin Infect Dis. 2008;47(9):e74-8.
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