No. 72009. 01. 13
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ICAAC/IDSA参加記 2008年10月25日-28日 Washington DC(2/2)

奈良県立医科大学附属病院 感染症センター

笠原 敬 

(※ICAAC/IDSA参加記は、3人のレポーターによる3回連続配信です。→前回


 抗菌薬の使用量の評価としては、やはり現状では”DDD/1000PD (Defined Daily Doses per 1000 patient days)”で評価するのが一般的であること、そしてこの”DDD/1000PD”にはいくつかの”limitation(制約)”があり、新しく、より普遍的に用いることのできるパラメーターが求められている、というお話でした。

 ここで、簡単にDDD/1000PDの計算について説明しておきましょう。例えば、この1年間でレボフロキサシンが200g(1錠100mgですから2000錠ですね)処方されたとします。WHOが定めるレボフロキサシンのDDD(Defined Daily Dose:1日に投与される(べき)規定量)は、500mg、すなわち0.5gです。もし処方された患者全員が1日0.5gを処方されていたとしたら、この1年でレボフロキサシンは延べ400日分が処方されたことになります。この量は多いでしょうか、それとも少ないでしょうか?

 この量を客観的を評価するには、この1年に「何人の患者が入院していたか」の情報が必要です。10人しか入院していなかった病院と100人が入院していた病院では、同じように病院全体でレボフロキサシンが200g処方されていても、その評価は異なります。また、「何日入院していたか」も重要な情報です。10人しか入院していなくても、全員が3ヶ月以上入院していたかもしれませんし、100人入院していても、全員1日で退院したかもしれません。これを解決するためのパラメータがPatient days(PD)です。

 PD(patient days)とは、「各々の日に入院していた患者数の総和」で計算します。例えば、1月1日に病院に40人入院していた、1月2日には1人退院して3人入院したので42人入院、1月3日には5人退院して37人入院していた、という具合なら、40+42+37+…というように毎日の入院患者数を足して計算します。それでは例えばこの数字が、1年間で5500だったとしましょう(平均して1日13.7人が入院していたことになります)。

 さて、実際に”DDD/1000PD”は次のように計算します。

DDD/1000PD = (処方された抗菌薬のグラム数÷WHOが定めるDDD)÷その期間のpatient days×1000

 この場合、(200g÷0.5g)÷5500×1000 = 72.7 となります。言語化すると、この病院では「1000 patient daysあたり、レボフロキサシンは72.7日間使われた」ということになります。

 単にバイアル数やグラム数の評価では、病院間の評価も、同一病院の期間ごとの増減の評価もできません。なぜなら、病院ごとに病床数はもちろん、入院患者数に差がありますし、同じ病院でも、季節によって入院患者数が変化します。場合によっては、増床・減床によって使用抗菌薬量に影響が出る可能性もあります。DDD/1000PDはこういった問題を排除し、病院間でも、同一病院でも抗菌薬の使用量を適正に評価しようというパラメータなのです。

 では、日本のデータと欧米のデータを横並びに比較できるでしょうか? 答えはNoです。日本ではご承知のように、レボフロキサシンの用量は多くの場合、1日0.3gです。そうすると、上記の計算では実際に使われた用量(0.3g)よりも多い量(0.5g)で除することにより、「過小評価」してしまう可能性があります。

 私はこの点についてワークショップで質問しましたが、『やはりこのようなケースではDDDは使いにくい、代わりに「DOT: days of therapy」を用いてはどうか』、というお返事でした。これは読んで字の如く、「治療期間」です[1]。ただ、これにしても例えば腎機能障害のある患者では、しばしば「治療期間」は見かけ上延長しますし、また処方されたグラム数よりも、治療期間を知るほうが、難しい(カルテを見ないといけない)のではないでしょうか?

 また、せっかくDDD/1000PDを計算しても、日本の病院の多くでこの計算を行って、データベース化されていなければ「横の比較」ができません。このあたりの体制を整えることも必要なのではないでしょうか。

 さて、まだまだ一杯書きたいところなのですが、文字数と著作権の都合でこのくらいにします。このほか、Interactive ID fellows sessionでは、各病院からフェローが症例呈示を行い、アンサーパッドで正解を問う、というスタイルで、MRSA感染症から糞線虫感染症など、全9例の症例呈示がありました。基本的には病理所見が診断の決め手となるものが多く、やはり感染症領域においても”Tissue is the issue”であると痛感したと同時に、今後、病理所見に関する理解を深める必要があると思いました。

 またPro/con debateでは、MRSAのアクティブサーベイランスをするか否かや、肺炎球菌による敗血症性肺炎を単剤で治療するか、併用で治療するかなどについて学びました。さらに Interactive symposiumでは、整形外科異物感染のセッションに参加しましたが、肩関節のものだと原因菌としてPropionibacterium acnes が多いことや[2]、どのような場合にリファンピシンを併用するべきかなどを学びました。

 ICAACは私は今回が初めての参加だったのですが、参加人数の多さと教育プログラムの多さとその質は、私の期待と想像を遙かに上回るものでした。一方で、とある米国人教授が、「ICAACにおいて自分がもっとも重視しているのはポスタープレゼンテーションだ」と言っていたとおり、教育プログラムだけではなく、質の高いスタディも数多く発表されており、研究面でも大きな刺激を受けることができます。正直なところ、日本の学会との差は大きいように感じ、この彼我の差を埋めることは非常に難しそうですが、それでも”Think globally”のために、是非一度出席されることをお勧めします。ただ、楽しむためには相応の英語力が必要です(^^;)。

 全くの余談ですが、冒頭のワークショップにたまたま青木眞先生も出席していらっしゃいました。朝の8時30分から夕方の16時30分まで、眠ることなく集中して聞く姿は、それもある意味role modelでした。凄い。


<References>

1)Polk RE, et al. Measurement of adult antibacterial drug use in 130 US
hospitals: comparison of defined daily dose and days of therapy. Clin
Infect Dis
2007;44:664-670.

2)Levy PY, et al. Propionibacterium acnes postoperative shoulder
arthritis: an emerging clinical entity. Clin Infect Dis
2008;46:1884-1886.

(了)

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