多剤耐性緑膿菌について
多剤耐性緑膿菌の定義
多剤耐性緑膿菌(multi-drug resistant Pseudomonas aeruginosa:MDRP)は、カルバペネム系、アミノグリコシド系、フルオロキノロン系の抗菌薬に対し、同時に耐性を示す緑膿菌のことです。現在は感染症法により、5類感染症定点把握疾患(感染症法に基づき都道府県知事が指定した医療機関(定点医療機関)のみが届け出ることになっている)にも指定されています。届出の基準は、検査室で以下の条件をすべて満たした場合とされています。
(検査室での判断基準) 以下の3つの条件を全て満たした場合 ・イミペネムのMIC, ≧16μg/ml または、イミペネムの感受性ディスク(KB)の阻止円の直径が13mm以下 ・アミカシンのMIC, ≧32μg/ml または、アミカシンの感受性ディスク(KB)の阻止円の直径が14mm以下 ・シプロフロキサシンのMIC, ≧4μg/ml または、シプロフロキサシンの感受性ディスク(KB)の阻止円の直径が15mm以下 |
多剤耐性のメカニズム
(1) カルバペネム耐性
カルバペネム耐性については、メタロベータラクタマーゼ(国内ではIMP-型が多い)を産生するものと、細胞外膜上タンパクのD2ポリンの減少による薬剤透過性減少によるものがあります。このうち、前者はblaIMP-1という耐性遺伝子が伝達性プラスミドによって運ばれており、菌種を超えて伝達される(形質転換)ため、厳重な隔離と接触感染予防策が必要となります。D2ポリンは、イミペネムが細胞外膜を通過するチャネルタンパクですが、この数が減少するという内因型の耐性メカニズムであるため、他の菌株に耐性が伝達されることはないため、隔離は相対的適応となります。
詳細は文献[1] [2] [3]をご参照ください。
(2) アミノグリコシド耐性
アミカシンは、アミノグリコシドアセチル化酵素(AAC)による側鎖の修飾を受けて不活性化されます。この耐性遺伝子もプラスミドによって伝達します。
(3) フルオロキノロン耐性
フルオロキノロン耐性は、DNA gyraseおよびTopoisomeraseというDNA合成に関与しているタンパクをコードしている遺伝子の点突然変異(point mutation)によって容易に耐性化します。フルオロキノロン剤の投与を受けた患者には、高頻度に分離されます。
分離頻度
MDRPは、わが国でも徐々に増加傾向にありますが、分離状況は各施設によっても異なりますが、1%前後から多くても緑膿菌の5%未満と推定されます。通常MDRPは、カルバペネム系抗菌薬やフルオロキノロン系抗菌薬などの広域スペクトラムの抗菌薬が、恒常的に頻用されている施設で発生しやすい傾向があります。常日頃から、これらの抗菌薬の適正化を推進しておくことが、MDRP発生の備えとして重要です。
MDRP感染症の注意すべきポイント
MDRPは多くの場合定着状態ですが、全身の免疫力が低下している場合には、感染症を引き起こすことがあります。局所の炎症による感染症状は、通常の緑膿菌同様、あまり重篤になる恐れはありません。しかしグラム陰性桿菌に共通する特性として、敗血症を惹起した場合、エンドトキシンショックにより、致命的な転帰をもたらす可能性があります。しかも、現在のところ有効な治療薬がないため、救命の手段がないということになります。これがMDRPの大きな問題点です。
MDRPの診断
MDRP感染症の診断は、通常の緑膿菌と変わるものではありません。現在でも「コッホの三原則」は生きています。施設内で感染者が発見された際のスクリーニングは、まず対象をハイリスク群に絞って実施します。この場合では、感染経路から考察するに、気管切開例、人工呼吸器装着例、おむつ使用例、導尿例などを対象とします。感染者を発見した場合には、速やかに隔離またはコホーティングを行います。
MDRPの治療
感染例にはすみやかな治療が必要ですが、定着例に対しては、むしろ抗菌薬の使用を控え、第三者へ感染が拡大しないよう、隔離などの措置をとります。Systemic inflammatory response syndrome(SIRS)を認めたときには、感染症の発病を疑い、ICDや感染症専門医、必要に応じて国立感染症研究所やMDRPを研究している大学の研究室などへ早急に相談する必要があります。具体的な治療オプションは、施設ごとに感受性検査が異なると思いますので断定はできませんが、当施設ではアズトレオナムとアルベカシン(1日1回400mg投与)の併用が相乗効果を認め、臨床的にも奏功しました。個々の菌株の感受性検査としては、ブレイクポイント・チェッカーボード法による検査[4]が有用です。また医師にできる対応としては、耐性菌抑制の観点から抗菌薬の適正使用も重要です。海外では特効薬として、コリスチン[3][5]がありますが、日本では未承認です。研究用に保有されている施設もございますが、処方については各自の責任においてとなります。
MDRPの生物学的特性
MDRPを含む緑膿菌は「水辺を好む細菌」で、湿潤環境下では長期にわたり生息するため、ドレナージバックや吸引チューブ、ポータブルトイレなどの医療用具に常在する可能性があります。また、生体では下気道、消化管、尿路で分離されることが多い菌種です。このため、機器の使用や医療行為、介助行為により伝播しやすいという特性があります。さらに、MDRPを保菌する入院患者が病棟内を歩き回りトイレなどを共用することにより、伝播させる可能性もあります。1人のMDRP保菌者が発見されれば、その周囲にはより多くの保菌者が存在する可能性があります。
MDRPの感染対策上のポイント
前項で述べたように医療行為や介助行為が感染の原因となるため、手指衛生、標準予防策、接触感染予防策の徹底は必須です。また蓄尿についても注意が必要です。尿検査機器や尿カップの架台などが、伝播の温床となることも少なくありません。当施設では、蓄尿の適応を厳密に管理し、蓄尿の実施を大幅削減したことで予防の成果をあげました。
MDRPが流行している施設からの紹介患者による施設内へのMDRPの新規持ち込みを防止するため、ハイリスク症例では検査結果を待たず、受け入れ直後から保菌者とみなして扱うことも大切です。
<References>
- Sanders CC, Sanders WE, Jr., Goering RV and Werner V. Selection of multiple antibiotic resistance by quinolones, beta-lactams, and aminoglycosides with special reference to cross-resistance between unrelated drug classes. Antimicrob Agents Chemother 1984;26:797-801
- Nordmann P, Poirel L.. Emerging carbapenemases in Gram-negative aerobes. Clin Microbiol Infect 2002;8:321-31
- Gupta V. Metallo beta lactamases in Pseudomonas aeruginosa and Acinetobacter species. Expert Opin Investig Drugs 2008;17:131-43
- Tateda K, Ishii Y, Matsumoto T and Yamaguchi K.. ‘Break-point Checkerboard Plate’ for screening of appropriate antibiotic combinations against multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa. Scand J Infect Dis 2006;38:268-272
- Helfand MS, Bonomo RA. Current challenges in antimicrobial chemotherapy: the impact of extended-spectrum beta-lactamases and metallo-beta-lactamases on the treatment of resistant Gram-negative pathogens. Curr Opin Pharmacol 2005;5:452-8