臨床医のための診療ガイドライン「COVID-19薬物療法に関するRapid/Living recommendations」の読み方(3)
COVID-19治療薬レムデシビルのエビデンス
最後の具体例として、clinical question(CQ)-2レムデシビルのエビデンスについて、少し詳しくみていきましょう(図1、2)[1、2]。
承認の根拠となったRCTに「日本も」参加
レムデシビルは、もともとエボラウイルスなどのRNAウイルスに対する治療薬として開発されましたが、今回のCOVID-19に対して世界で初めて承認された治療薬となりました。2020年5月1日に米国で緊急使用が認められ(正式承認は同年10月22日)、日本では同年5月7日に特例承認制度を使って承認されました。
これに関して、KANSEN JOURNALの読者はご存じの方も多いと思いますが、特筆すべき点について触れておきたいと思います。承認の根拠になったRCTの一つ(BeigelらのACTT-1:欧米・アジアでの多国間医師主導試験)には、日本人も参加しています[3]。国立国際医療研究センター病院/国際感染症センター長の大曲貴夫先生らです。KANSEN JOURNAL編集長の忽那賢志先生を含め、関係者の皆様の業績に敬意を表します。ダイヤモンド・プリンセス号の件で大変だった最中に、RCTに参加する大変さは想像を絶すると思います。
レムデシビルは、なぜ「強い推奨」ではないのか
さて、本ガイドラインの内容に話を戻すと、レムデシビルの推奨度は、軽症は「推奨なし」、中等症・重症ではいずれも「弱い推奨(2)」と記されていました[1]。この理由を探っていこうと思います。
図1のフォレストプロットをみると、軽症ではRCTがまだ十分ないことが分かります。それゆえ推奨は示されていません。レムデシビルはベクルリー®という注射薬なので、入院が必須ではない軽症例に対してタイミング良く投与するのは現実には難しいことが想定されます。
次に、図2のエビデンスプロファイルをみると、全原因死亡と臨床症状改善の2つのアウトカムで中等症・重症に分けて結果が整理され、重篤有害事象では重症度によらずまとめられています。
エビデンスの確実性の項に注目しましょう。非直接性の注釈からは、重症度別のデータを抽出するのが難しかったことが分かります。また、不精確性は結果の大部分で問題ありになっています。これらを踏まえて中等症・重症例の各アウトカムのエビデンスの確実性は「低」または「中」と判定されています。
以上を踏まえて、CQ-2レムデシビルのエビデンスの総体は、中等症・重症患者について「中(B)」の確実性と判断されています。これは、CQ-4ステロイドの確実性と同じです。
ステロイドは「強い推奨」になったことを考えると、レムデシビルの推奨度が劣るのは何が原因でしょうか。現在、レムデシビルの供給は、厚生労働省が対象を規定した上で医療機関へ提供するという特別体制下にあり、資源が限られているので、実行可能性の点で強く推奨しにくい背景があるのは確かです。それでは、効果や益と害のバランスについてはどうでしょうか?
BeigelらのRCTでも死亡率の改善は示されていなかった
そもそもBeigelらのRCTで示されていたのは臨床的改善であり (組み入れから退院可能となるまでの期間が15日[95% CI、13 -19]から11日[95% CI、9-12]に短縮された) 、死亡率の改善までは示されていませんでした。サブグループ解析をすると、臨床的改善が示されたのは酸素投与が必要になった中等症患者であり、重症患者では効果は示されませんでした[3]。
本ガイドラインでRCTを集めたメタアナリシスの結果をみると(図1:フォレストプロット)、全原因死亡では中等症・重症ともリスク比(RR)の信頼区間が1をまたいでおり、やはり死亡率の改善は示されていません。それどころか、死亡率は重症ではレムデシビル投与群の方が高い傾向でした。そして、BeigelらのRCT同様、中等症でのみ臨床症状改善が示されましたが、その効果は大きくはありませんでした(1000人中68人[95%CI:23-114])[2]。
というわけで、大曲先生らが参加したBeigelらのRCTで示唆されていたことは、こうして複数のRCTでも確認され、エビデンス総体として確立してきたことが分かります。
ガイドラインは「最終結論」ではなく「幕開け」である
2020年11月20日、WHOは、「入院患者に対してレムデシビルを投与しないことを弱く推奨する」としました。ここでは重症度による解析はなされていませんでした。これを受けて日本の「COVID-19 薬物療法に関する Rapid/Living recommendations」第3.0版(2021/1/29)では、「人工呼吸器管理/集中治療を必要とする重症患者にレムデシビルを投与しないことを弱く推奨する」とされました[1]。
こうした結論部分だけを読むと、「まだエビデンスが十分でない」から(しない方向を)「弱く推奨」しているのだろう、と思ってしまうかもしれません。しかし、ここまで精緻にガイドラインを読み込んできた読者の皆さんには、そうではないということが分かっていただけたのではないかと思います。
COVID-19がこの世に認知されてまだ1年ですが、既にBeigelや大曲先生らの先人のスタディーによって、それなり(中)の確実性をもって言える知見がある。それは、レムデシビルは中等症・重症の患者に対して死亡率を改善しない、重症度が上がってしまってからでは臨床的改善も期待できない、ということです。そして残された疑問は、中等症の初期の段階など病期の早いタイミングで、どれくらいの意味があるのかはまだ分かっていない、ということです(本ガイドライン第3.0版時点で)。
また、本ガイドラインには利用にあたっての注意として次のように記載されています。「個別の患者の状況や価値観・意向を考慮して、診療ガイドラインを必ずしも遵守しない治療方法が医師の裁量によって選択される場合もあることに留意願いたい」。
ガイドラインでの結論は、すべての患者に一律に適用するような「最終結論」ではあり得ません。ガイドラインの記載は、拠り所の一つとしてのスタート地点です。ガイドラインをベースとし、それぞれの施設の状況(設備、資源、スタッフの熟練度など)を踏まえ、個別の患者ごとに意思決定を行ったり、残されたCQの解決に向けて臨床研究につなげていくべきものだと言えます。
以上、GRADEシステムで運用され、常にアップデートされるlivingガイドラインなるものが、日本からも発信される時代になっていることをご紹介しました。この取り組みを率いておられる日本版敗血症診療ガイドライン2020特別委員会委員長はじめタスクフォースの皆様に敬意を表して、本稿を終えたいと思います。ここまでお読みいただき、お疲れさまでした!
COI開示:執筆者のCOIは特になし。
謝辞:京都大学大学院医学研究科健康情報学教授 中山健夫先生に、本稿の執筆において貴重なご助言を頂きましたことを御礼申し上げます。
注意1:本稿は、2020年2月末日時点での情報を主体として、限られたガイドライン作成の経験なども踏まえて個人的に作成したものです。GRADEシステムについては、GRADE working groupの最新情報(執筆時点では2013/10版)[4]を確認してください。
https://gdt.gradepro.org/app/handbook/handbook.html
注意2:本ガイドラインはRapid/Living recommendationsなので、本稿記載のエビデンス・内容は比較的早期に古くなり、改訂に伴い常に更新されます。この点に十分注意し、最新版をご確認ください。
https://www.jsicm.org/news/J-SSCG2020_COVID19.html
【References】
1)日本版敗血症診療ガイドライン2020特別委員会COVID-19 対策タスクフォース: 日本版敗血症診療ガイドライン2020(J-SSCG2020)特別編 COVID-19薬物療法に関するRapid/Living recommendations第3.0版, 2021/1/29.
https://www.jsicm.org/news/upload/J-SSCG2020_COVID-19_1_ver.3.0.0.pdf(本稿掲載の3.0版は執筆時点のもので旧版です。最新版は、https://www.jsicm.org/news/J-SSCG2020_COVID19.htmlでご確認ください。)
2)日本版敗血症診療ガイドライン2020特別委員会COVID-19 対策タスクフォース: 日本版敗血症診療ガイドライン2020(J-SSCG2020)特別編 COVID-19薬物療法に関するRapid/Living recommendations第3.0版 付録, 2021/1/29.
https://www.jsicm.org/news/upload/J-SSCG2020_COVID-19_2_ver.3.0.0.pdf(本稿掲載の3.0版は執筆時点のもので旧版です。最新版は、https://www.jsicm.org/news/J-SSCG2020_COVID19.htmlでご確認ください。)
3)Beigel JH, Tomashek KM, Dodd LE, et al; ACTT-1 Study Group Members: Remdesivir for the Treatment of Covid-19―Final Report. N Engl J Med. 2020 Nov 5; 383(19): 1813-26.
4)Schünemann H, Brożek J, Guyatt G, et al: Handbook for grading the quality of evidence and the strength of recommendations using the GRADE approach. Updated October 2013.
https://gdt.gradepro.org/app/handbook/handbook.html