一度に3人の頭痛患者が救急外来にやって来たら……(2/3)
前回のやりとりの5分前、内科医が研修医と看護師にトリアージを指示した後、内科医は42歳男性の患者の問診をしていた――。
内科医「さて、血圧を測りながらお聞きしますけど、頭痛はいつからどんな感じで起こってきましたか?」
42歳男性「ついさっきです。23時頃に、寝ようかなと思っていつもの睡眠薬を飲んで、いや、飲んでもいつもあまり眠くならないんですけど、本を読んでいました。そのとき、急に痛み出して……」
内科医「痛みが出た時間は覚えていますか?」
42歳男性「多分、0時過ぎくらいだったと思いますが、正確な時間までは……。あ、でも痛みが出た瞬間、一瞬右目が真っ暗になっておかしいなって思いました。こんなの初めてです」
内科医「今も見えないですか?」
42歳男性「今は見えています」
内科医「血圧は160/90mmHg、脈拍は90/分ですね。血圧はいつもこれくらいですか?」
42歳男性「いえ、いつもは上が120か130くらいです」
内科医「痛みは今まで感じたことがないくらい強い痛みですか?」
42歳男性「いや、そこまでではないですけど、ちょっと気持ち悪いですね」
内科医「痛みはだんだん悪くなってますか?」
42歳男性「最初から変わりません」
内科医「分かりました。もしかしたら脳の中に出血が起こっているかもしれませんから、頭のCTを撮りましょう。後はCT室に行きながら、またお聞きします」
内科医はCTのオーダーをして、CT室へ連絡を行なった。そこへトリアージを終えた研修医と看護師が戻ってきたのだった。
42歳男性の頭部CTでは、くも膜下出血が見つかった。
内科医「くも膜下出血だ!」 。
救急室に戻ってくるなりそう叫んだ。
研修医「えっ!」
看護師「脳外科のオンコールの先生を呼びます」
内科医「ありがとう。とりあえず降圧しないと……。そっちの33歳厄年さんはどう?」
研修医「今、ルートをとって、血培をとっているところです」
内科医「血培とったら、デキサメサゾン10mgとセフトリアキソン2g投与して、CT撮りに行こう。CT室には『もう1人撮る』って伝えてあるから」
CTでは33歳女性の異常はなく、救急室に戻ってからバンコマイシン1gも投与開始し、腰椎穿刺を行なった。
研修医「濁ってはいないですね」
内科医「スピッツを光にかざしながら軽く振ってごらん」
研修医「あ。少しキラキラするものが見えます」
内科医「髄膜炎だな」
内科医「さて、くも膜下出血の患者さんは脳外科の先生に引き継いだし、髄膜炎の患者さんも初期治療をしたし、お待たせしている73歳女性の診察をしようか」
研修医「先生、僕が診ますよ」
内科医「今度は試しに『頭痛は突然発症してないですね?』『頭痛はだんだん悪化してないですね?』『頭痛は人生最悪の痛みではないですね?』って聞いてごらん」
研修医「先生、さっきの3つの質問、聞き方を変えても全部『はい』って答えられました」
内科医「まあ、ご高齢の方の問診では誘導尋問みたいになっちゃうことがあるから注意しないとね。それで原因は何だろう?」
研修医「3日前に、いつも通院している当院の内科を受診して、それからなんとなく頭が痛いそうです。脈の拍動に一致してズキズキする感じだそうです。診察では神経学的異常はありませんでした」
内科医「3日前に降圧薬がARB(アンギオテンシン受容体II拮抗薬)とカルシウム拮抗薬の合剤に変更になっているね。これが原因じゃない?」
内科医「さて、降圧薬を元のARB単独に戻して様子を見てもらうことにしてご帰宅いただき、さっきの髄膜炎の患者さんの髄液をグラム染色しておこう」
研修医「もう初期治療は開始しているのに、今さらグラム染色するんですか?」
内科医「この年代で免疫抑制のない人なら、細菌性髄膜炎の原因菌は肺炎球菌か髄膜炎菌だと相場は決まっているけど、万が一にもほかのものだったら怖いからね。それに髄膜炎菌だったら、隔離とわれわれの予防内服をしないといけないかも」
研修医「グラム染色って、治療開始前にやらないと意味がないんじゃないですか?」
内科医「理想的にはそうなんだけど、細菌性髄膜炎のときは一刻を争うから、そうも言っていられない。まずは疫学的にカバーするべきものをカバーしておいて、余裕ができたらグラム染色をして初期治療を修正すればいいんじゃないかなと思うんだ。もちろん、そのためには抗菌薬投与前に検体をとっておくことが条件になるけど」
研修医「血液培養をとったら抗菌薬を開始していましたよね。髄液をとった後でなくてもいいんですか?」
内科医「血液培養は、抗菌薬投与すると検出感度がすぐに落ちるけど、髄液所見に関しては、抗菌薬を投与してから1~2時間以内であればそれほど影響が出ないと言われるから、この順番でやるのがいいんじゃないかなと思っているけど」
遠沈した髄液をグラム染色すると、わずかながらグラム陽性双球菌が見えた。肺炎球菌に合致する所見だった。
研修医「やっぱり肺炎球菌ですね。こういう場合、やっぱりバンコマイシンって必要なんでしょうか?」
内科医「髄膜炎の基準では、肺炎球菌のペニシリン耐性率は決して低くはないからね。細菌性髄膜炎の場合は外せないし、感受性が分かるまでバンコマイシンを併用しておいたほうがいいと思うよ。それに、この方の職業は幼稚園の先生でしょ。これは別に疫学的な根拠はなくて、単なる個人的な経験からの印象だけど、幼稚園の先生とか保育士さんとか、小さな子どもと接する機会の多い人のPRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)やBLNAR(β-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ桿菌)保有率って高いような気がするんだ」
研修医「そうなんですか。ところで先生、42歳男性、33歳女性、73歳女性の順番に診察されていましたけど、どうしてこの順番になったんですか? 僕は、73歳の女性が高齢だし、重症疾患が一番隠れていそうだなと思ったんですが……」
内科医「初めに3つの質問をしてもらったでしょ。頭痛の患者さんで、あの答えがすべて『いいえ』だったら、危険な頭痛の可能性は低いという研究があってね。逆に、すべて『はい』と答えた人も危険な頭痛はなかったということだったんだ。まあ、小規模な研究で対象者は限られているけど、スクリーニングとしては、僕はよく使っているよ」
研修医「心療内科通院歴があったりすると、また不定愁訴かって思ってしまいますけど」
内科医「まあ、頻繁に救急外来を受診する人の中には、そういう人もいるけどね。そういう思い込みのあるところに落とし穴は掘られているからなあ。あの方は、電子カルテをざっと見た限り、夜間に頻繁に救急外来を訪れているというわけではなかったし、やっぱり『突然発症』の病歴は怖いから。
それから73歳女性については、カルテで3日前にカルシウム拮抗薬が追加になっていることに気づいていたのもあるけど、一番は待合室で付き添いの人と談笑しているのが見えたことかな。あとは、血圧も普段と比べて高くなっていなかったというのも安心材料だった」
研修医「見た目の印象って大事なんですね」
内科医「まあ、外れることもあるから過信はしないほうがいいけどね。さっきの人たちは、ほかの人たちのパッと見が悪すぎたね」
研修医「先生、そういえば当初は命の危機に瀕しているのは1人だったはずですけど、ふたを開けてみれば、くも膜下出血と細菌性髄膜炎で2人が危なかったわけですね……」
内科医「そういうこともあるさ。誰も信じるなってことだな。さあ、ちょっと一眠りしておかないと明日がきついぞ」
看護師「先生、腹痛の人が3人来ています」
内科医「$&#”@……。今日は厄日だ」