No. 172010. 03. 04
成人 > ケーススタディ

発熱と全身の皮膚剥離を主訴に来院した60歳代の男性(1/4)

奈良県立医科大学感染症センター

忽那 賢志、笠原 敬

(4分割配信の1回目です)
※本症例は実際にあった症例を元に、個人情報などに配慮しつつ、 再構成したものです。


 その日は朝から雪が降っていた。白く染まった大和三山を病棟の詰所から眺めながら、私は朝から自分が極楽浄土にいるような気分になっていた。

「ああ……雪景色のお寺もいいよなあ……。週末は室生寺にするか……。それとも長谷寺か……。ここであえて當麻寺というのもいいなあ……」

 奈良には感染症センターでの研修のために来たはずだが、すっかりお寺の魅力に心を奪われていた私は、その日も週末の寺めぐりのためのスケジュール調整に余念がなかった。

 そのとき、ポケットのPHSが鳴り、私は現実に引き戻された。外来の看護師さんからだ。60代の男性が外来を受診、5日前に他院でインフルエンザと診断されてからずっと熱が続いていて、さらに昨日から全身の皮膚が剥がれてきているという。

 インフルエンザで5日以上も熱が続いて皮膚が剥がれる……そんな病気が果たしてあるのだろうか。一とおり思索を巡らせながら私は濃い目のブラックコーヒー(に砂糖を大量にいれたもの)を飲み干し、外来へと向かった。

 外来の個室で患者は横になっていた。かなりしんどそうである。その横には妻と思わしき女性が心配そうに患者を見ていた。本人と一応会話は可能だが、長話は負担をかけそうなので、妻に話を聴くことにした。

「はじめまして。感染症科の忽那(くつな)といいます。熱が続いていて、皮膚が剥がれてきたということなんですが……」

「そうなんです。5日前にX病院でインフルエンザと診断されて、タミフル(オセルタミビル)を処方されたんですけど、熱がいっこうに下がらなくて……。おまけに昨日から皮膚が剥がれてきたんです。顔から始まって、今は胸と背中も剥がれてきています」

 患者を見ると、確かに顔面の前額部、両眼周囲、鼻根部、口唇周囲に表皮剥離があった。患者の顔は紅潮している。目脂も大量に出ている(図1、2)


図1 表皮剥離


図2 表皮剥離、目脂

「目脂がすごいですね……。これはいつもっていうわけじゃないですよね?」

「昨日くらいから急に増えてきているんです。先生、インフルエンザでこんなことあるんですか?」

 熱が出て皮膚が剥がれて目脂が増えている……。インフルエンザでこんなことになるのだろうか。少なくとも私の知っているインフルエンザはそんな感染症ではない。短絡的にパッと思いついたのはSJS/TEN(Stevens-Johnson syndrome / Toxic epidermal necrolysis)だった。それはさておき、患者がかなりしんどそうなので、バイタルサインをとり簡単な診察を行った。

 意識はややもうろうとしており血圧が70/40mmHg、心拍数122bpm、体温39.3℃、呼吸数27/分、SpO2 93%(室内気)。これはまずい。目脂も大事だがそんなのんきな話をしている状況ではなかった。Shock Indexが1.74であり、間違いなくショック状態である。口腔内も乾燥しているし、とりあえず輸液をしなくては。

 末梢に点滴ルートを確保し、細胞外液の急速輸液を開始した。点滴を行いながら、そして何が起こっているのかまったくわからないまま、私は問診と診察を進めた。患者の現病歴、身体所見などは以下のとおりであった。

現病歴・身体所見など

症例:60代男性

主訴:発熱、表皮剥離

現病歴:膀胱癌による膀胱全摘術後に腸閉塞を繰り返したため、中心静脈ポートが留置され在宅中心静脈栄養を行っていた。5日前に38℃の発熱を主訴にX病院を受診し、インフルエンザ迅速検査でA型陽性となりオセルタミビルを処方され帰宅した。その後も発熱が遷延したため昨日同院を受診し点滴とレボフロキサシン(クラビット)を処方され帰宅した。顔面と背部に表皮剥離が見られるようになったため心配になり本日、感染症科を受診した。

Review of Systems:悪寒によりガクガクと震えている。5日前から咽頭痛があり、昨日から咳・痰が出るようになった。頭痛なし。嘔気・腹痛・下痢などの腹部症状なし。尿路症状なし。目脂が多くて物がよく見えない。全身の皮膚がヒリヒリして痛い。

既往歴:膀胱癌(2003年に経尿道的膀胱腫瘍切除術、2004年に再発のため膀胱全摘術+回腸による新膀胱形成術施行)、腸閉塞(膀胱全摘術後より今日までに計12回腸閉塞のため入院している。すべて絶食のみで軽快)。

生活歴:タバコ、アルコールともに習慣なし。ペットは飼っていない。海外渡航歴なし。

アレルギー歴:薬剤、食物のアレルギーなし。

薬剤歴:
【5日前~】オセルタミビル(タミフル)1回75mg 1日2回、アセトアミノフェン(カロナール)1回 500mg 頓服
【1日前~】レボフロキサシン(クラビット)1回100mg 1日3回

ワクチン接種歴:幼少時期以来ワクチンは接種していない。

初診時身体所見

バイタルサイン:BP 70/40mmHg、 HR 122bpm、BT 39.3℃、RR 27/分、SpO2 93%(室内気)。

外観:身長172cm、体重54kg。左上腕に中心静脈ポートが挿入されている(外表所見は後述)。

意識状態:会話は成立するものの、朦朧としている。GCS 14(E4、 V4、M6)

頭頚部:眼球結膜は充血している。眼瞼結膜に異常なし。両眼ともに多量の眼脂を認める。瞳孔は左右対称正円で対光反射は正常。副鼻腔に圧痛なし。咽頭は軽度発赤している。口腔内潰瘍なし。頚部リンパ節腫大なし。項部硬直なし。

胸部:心音は整、雑音なし。呼吸音は左下肺野でCoarse Crackleを聴取する。

腹部:平坦、軟、圧痛なし。腸音は微弱。肝脾腫なし。 

背部:CVA叩打痛なし。脊柱叩打痛なし。

皮膚所見:

【顔面】紅潮し、前額部、両眼周囲、鼻根部、口唇周囲に表皮剥離を認める。

【右眼周囲】眼球結膜の充血と多量の眼脂を認める。

【背部】広範囲に渡って表皮剥離がみられ、熱傷のように剥離した部分は発赤していた。

【ポート挿入部(左上腕)】ポート挿入部を中心に広範囲に表皮剥離が認められ、発赤も強い。しかし、疼痛や腫脹は明らかではない(図3)。

【右肘部】紅斑を擦過すると容易に表皮剥離が認められた。


図3 ポート挿入部を中心とした表皮剥離

 病歴と身体所見を取っても、SJS/TEN以外は思いつかなかった。あとは熱傷。去年まで救急をやっていたため、たくさんの熱傷患者を診たが、臨床像はかなり近かった。しかし火事にあったとか、熱湯をかぶったとか、人体自然発火現象が起こったとか、そのような現病歴は聴取できなかった。それにそもそも皮膚剥離の部位が全身に散在しており、その分布が熱傷では説明できない。

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ここまでの病歴、身体所見で何を疑いますか?
追加で問診すべきことはありますか?

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(つづく)

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